最高裁 納税者勝訴の高裁判決を差戻し 法令に妥当しない通達解釈を否定
2020/04/24
同族会社のオーナーが、相続税対策で関連会社に譲渡した自社株式の譲渡価額について、譲受人が少数株主であることなどを理由に配当還元方式による価額としたところ、税務当局が「低額譲渡」に当たるとして更正処分等をしたことから争われていた事案に対し、最高裁は3月24日、東京高裁が下した納税者勝訴の判決を破棄し、さらに審理をさせるため東京高裁に差戻す判決を言い渡した。
争いの背景は次のとおり。金属加工の同族会社A社(非上場会社)の代表取締役が、亡くなる約4カ月前に、自分が保有する自社株(15.88%)のうち725,000株(議決権割合7.88%)を関連会社C社に譲渡し、その価額を1株当たり75円(配当還元方式による評価額)、合計54,375,000円とした。
しかし、税務当局は、類似業種比準方式による価額(当初@ 2990円、異議申立後@2505円)の2分の1に満たないことから、所得税法59条1項2号の「低額譲渡」に当たるとして、類似業種比準方式による価額に引き直して更正処分等を行ったことで、亡きA社代表取締役の納税義務を承継した配偶者Bさんらとの間で争いとなった。
今回の最高裁判決の争点は、税務署が指摘した「低額譲渡」の判定にあたり、その基礎となる株式譲渡時における株式価額の評価方法として、①所得税基本通達 59-6の(1)の条件下における評価通達 188 の議決権割合の判定方法や、②株式譲渡における譲渡代金額をもって時価といえるかどうか、など。
所得税法59条1項2号は、著しく低い価額の対価として政令で定める額による法人への譲渡については、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなすと規定されている。この場合の低額譲渡の範囲は「資産の譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額とする」(所得税法施行令169条)とされている。
ここで問題になるのが「資産の譲渡の時における価額」だ。株式の価額について所得税基本通達59-6では、上場株や気配相場のある株式、取引相場のない株式などの扱いを定めた所得税基本通達23~35共-9「株式等を取得する権利の価額」の取扱いに依拠するとされている。
このうち取引相場のない株式については、一定の条件の下、相続税の財産評価について定めた「財産評価基本通達(法令解釈通達)の178から189-7まで(取引相場のない株式の評価)の例により算定した価額とする」とされており、実務でもこの経路を通って低額譲渡になるかどうかの判定が行われている。当然、評価方法により低額譲渡になる金額も変わってくるが、上記の一定の条件の中で、配当還元方式が適用される株主判定についての条件は次の通りだ。
所得税基本通達59-6(1)財産評価基本通達188の(1)に定める「同族株主」に該当するかどうかは、株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定すること。
また、財産評価基本通達188では、「同族株主以外の株主等が取得した株式」を4パターン定めており、それに該当する場合は配当還元方式で評価することになる。具体的には以下の通り。
①同族株主のいる会社の株式のうち、同族株主以外の株主の取得した株式(以下略)
②中心的な同族株主のいる会社の株主のうち、中心的な同族株主以外の同族株主で、その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるもの(課税時期において評価会社の役員(社長、理事長並びに法人税法施行令第71条第1項第1号、第2号及び第4号に掲げる者をいう。以下この項において同じ。)である者及び課税時期の翌日から法定申告期限までの間に役員となる者を除く。)の取得した株式(以下略)
③同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の15%未満である場合におけるその株主の取得した株式
④中心的な株主がおり、かつ、同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の15%以上である場合におけるその株主で、その者の株式取得後の議決権の数がその会社の議決権総数の5%未満であるもの((2)の役員である者及び役員となる者を除く。)の取得した株式(以下略)
東京高裁は「低額譲渡」の判定に当たり、所得税基本通達59-6の(1)が妥当するのは文字通り同通達に書き込まれている財産評価基本通達188の(1)だけで、「188(2)から(4)は「取得した株式」等の文言があり、株式譲渡後の譲受人の議決権割合を述べていることは明らか」と指摘。
そのうえで東京高裁は、税務当局の主張のように解釈するためには通達の読み替えを要するとしたうえで、「租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべき」で、通達は租税法規ではないが租税法規の解釈適用の統一に重要であり、納税者の予見可能性を確保する見地からも「通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして運用することは許されない」と判断。譲渡を受けた関連会社は少数株主であるとして配当還元方式による価額を認め、Bさんらの主張を認容していた。
だが、最高裁は過去の判例を下敷きに「譲渡所得に対する課税においては、資産の譲渡は課税の機会にすぎず、その時点において所有者である譲渡人の下に生じている増加益に対して課税されることとなるところ、所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合に当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税できなくなる事態を防止するため、「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすこととしたものと解される」と説示した。
そして、「その時における価額」について最高裁は、「所得税基本通達59-6は、譲渡所得の基因となった資産が取引相場のない株式である場合には、同通達59-6の(1)~(4)によることを条件に評価通達の例により算定した価額とする旨を定める。評価通達は、相続税及び贈与税の課税における財産の評価に関するものである」のに対し、「株式の譲渡に係る譲渡所得に対する課税においては、当該譲渡における譲受人の会社への支配力の程度は、譲渡人の下に生じている増加益の額に影響を及ぼすものではないのであって、前記の譲渡所得に対する課税の趣旨に照らせば、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきものと解される」と判断。最終的には「少数株主に該当するか否かについても当該株式を譲渡した株主について判断すべき」として、東京高裁判決の納税者勝訴部分を破棄した。
なお、判決の補足として次のような意見が付けられている。それによると、国税庁の通達は、「法規命令ではなく、(中略)下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの、国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない。(中略)通達は一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっていることからすれば、課税に関する納税者の信頼及び予測可能性を確保することは重要」。そのうえで、通達の公表は(中略)公的見解の表示に当たるが、「所得税法に基づく課税処分について,相続税法に関する通達の読替えを行うという方法が、国民にとって分かりにくいことは否定できない」と指摘。このため、「より理解しやすい仕組みへの改善がされることが望ましい」としている。